悪い幽霊が退治されると、その悪い幽霊はどこに行くのでしょうか。 やはりあの世、天国や地獄へ行くのでしょうか。 いいえ、その前に行く所があるのです。 一人の女性の幽霊がいました。 元は異様な程醜い外見のあまり、村八分の末に不吉だと謀り殺された女性でした。 その死後悪霊となって生まれた村に災いをもたらし、疫病と洪水を呼び寄せ村を滅ぼしました。 そして、怒りが収まらないあまりに近隣の村々にまで害を与え、退治が失敗するたびにその憎しみは増大し、更なる悪行を重ねていったのです。 悪く、そしてかわいそうな幽霊だったのです。 退治された後、幽霊はかの場所にいます。強大なる悪霊や悪鬼の着く所に。 それは大きな湖だったのです。 彼女のいる湖は対岸がかすんで見えないくらい大きな、海のように大きな湖でした。 しかし、その向こうに大きな山らしき陰が見て取れます。 湖は早朝の海のごとく穏やかで、彼女の浮世での心境とは対照的でした。 その湖水は澄み、鏡のように悪鬼の顔を映し出しています。 かつて生きていたときと同じ、醜く歪んだ顔でした。 嫌らしく睨みつけたような、怖く暴力的な顔立ちです。恐ろしい顔のあまりに誰一人近づく事は無いであろう顔です。 そのような顔は自身も見たくないのでしょう。すぐに顔を背け、立ち去ろうとします。その時でした。 湖から声が聞こえ、何事かと見ると彼女の姿が湖面にいまだ映り続け、湖面から声を発っしていたのです。 湖の様な穏やかな顔でした。 湖面に映る彼女は、湖岸の浜辺に立つ彼女へ話し掛けてきます。 まず、落ち着いて話を聞けと。 次に、もう止めろと言いました。 怨むのと、憎むのと、怒るのを。 自分と言うあなたを、村人は排除した。 でもそれは、誰も悪いわけではない。異様な存在が怖かっただけで、あなたはそれを助長してしまった。 鬼よりも深い悪い感情を持つあまりに、自分から異様なものに成り下がってしまった。 自分も、立場が違えば異様なものを排除しただろうに。 これからは不幸を怨まず、幸せでいなさい。 そう自分に言ったのです。 ですが、湖岸の彼女は怒りを覚え湖面を般若のような顔で睨みつけ、湖面を荒らしました。 自らの怨念の力はまだ保っていたのです。 でも、水はすぐに元通りになり、湖面には自分自身、いえ別な自分自身の姿があり続けています。 いくら荒そうにも、水はすぐに元通りに復元するのです。 それでも、湖岸の悪霊は湖面に執拗に攻撃を繰り返すのでした。 何故、そこまで彼女は自身に攻撃するのでしょうか。 おそらく、薄々気がついていた自分だったからでしょう。 湖岸が抉り取られるも水面には自身が映り続けています。 力尽き、湖岸にいた彼女は、湖面の彼女の元へ崩れ落ちていきました。 湖岸から湖水へ、湖底へ落ちていきました。 湖面の自分の世界へ入っていったのです。 川がせき止められ、新しい湖ができました。 そこでは多くの魚が育てられ、子供たちが元気よく泳いでいます。人々はその水を飲み、畑に撒き、水田に水を引きます。 不思議とそこでは事故らしい事故が起こりませんでした。 それはかつての強力な悪霊だった女性が守り神になっていたからです。 湖岸の彼女と湖面の彼女が一体となり、新たな湖を治めていたのです。 泳ぐ子供たちへ、彼女は祈っていました。 幸せであれと。 かつて、自分が自分に言った事を、祈りました。 彼女が天へ行くまで、祈り続けました。 |